2014年06月13日

思い出の曲 「闘牛士のマンボ」



演奏 ペレス・プラード楽団
曲名 闘牛士のマンボ


私の通った高校は、岡山県の北部地方にあった。
実業高校の土木科だった。

土木測量を教えるアカギ先生は、土木科の
生徒だけを対象にしたブラスバンドを「同好会」
として立ち上げた。(後、部に昇格した。)

土木科生徒90人のうちの大半はこのブラスバンドに
参加した。

私は、サキソフォーンが希望だったが、適性が
なく、その他大勢のクラリネットをやらされた。

僅か3本のサキソフォーンのうち新入生にわたる
1本は「ハギワラ君」だった。

彼は、高校の3年間でみごとな「サックス奏者」となった。
吉井川の河原で、十八番「闘牛士のマンボ」を
奏でる彼の姿は

私の青春の思い出の中で輝いている。





posted by たぬち庵 at 21:52| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
思い出の曲毎日楽しみに拝聴しています

坂上二郎さんは半世紀前、今は無き日劇の幕真にコント55号としてみたのが初めてでした
その後大ブレークしました。

大昔のそんなことを思い出しました。
Posted by mike3577 at 2014年06月14日 13:32
マンボNo.5を始め、ペレスプラードの音楽はステージで怪しく蠢く人影に似合っています。(笑)昔、ドーナッツ盤で良く聞きました。
Posted by ゴチ at 2014年06月14日 17:59
私は背が大きい方だったのでトロンボーンになりました。後進の時はいつも先頭でした。
Posted by ゴチ at 2014年06月14日 18:04
ミケさん、こんばんは。

ユーチューブをコピペしただけの
他愛の無いもブログの更新ですが、
訪問に感謝します。

私は山深い、田舎町でコント55号の
コンビをテレビで見ていました。

いい時代でした。懐かしく思い出されます。
特に坂上二郎さんが好きで好きでした。

声にならないあの人懐こいジロさんの笑い声
がよかった。

こういったコンビは、なかなか出てきませんねえ。「古き良き昭和は、遠くなりにけり。」です。

いつもコメント、ありがとうございます。
たぬち庵

Posted by たぬち庵 at 2014年06月14日 20:44
ゴチさん、こんばんは。

私は、音楽的な才はなかったですからねえ。
クラリネットもほとんどマトモな音を出す
こともなく、断念しました。

あこがれはありましたがねえ、悔しいけど
続けることはなかった。

もっぱらブラスの練習のお手伝いばかり
していました。

そんな毎日でしたが、「アカギ先生」は卒業
間近のブラスバンドの発表会にクラリネット
を私の手に持せて舞台に上がらせた。

「うまく指だけ、動かすんだぞ。」
ブラスバンドのメンバーとして、アカギさんは
私の名前を読み上げてくれました。

会場は、涙でくもって何も見えなかったなあ。
こんな時代は、もう来ませんね。

いつも、コメントありがとうございます。
たぬち庵

Posted by たぬち庵 at 2014年06月14日 21:03
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