2013年04月20日

天木直人の公開直訴



エドワード・スノーデン氏を支援しよう!
https://secure.avaaz.org/jp/stop_prism_global
/?cyrkWeb


 【ネットdes 新党】4/17記事より転載

元レバノン大使・天木直人氏のもとへ身内を伝ってもたらされた情報は
衝撃的なものであったそうだ。

福島県のある病院では原発事故が原因と思われる奇形児が産まれている
のにも関わらず、病院側は厳しい緘口令をしき、事実を完全に
封印しようとしているらしい。
 
これに胸を痛めた天木氏はあることを思いついた。
それは公開直訴状を書くこと、しかもそれは安倍晋三首相
ではなく、安倍昭恵首相夫人へである。

最近、その行動に注目が集まっている通称「アッキー」こと、昭恵夫人。
ここはひとつ、福島の母子のために一肌脱いではいただけぬものだろうか。

内容は以下の通りである。


 安倍昭恵様

 拝啓

突然に公開直訴状をお届けする非礼をお許し下さい。
しかしこれはとても重要なことですので、最後までお読みいただければ幸甚です。

私は先日、縁あって福島で講演に呼ばれ、そこで知りました。
福島の若いお母さんたちが、愛する自分の子どもたちが
被曝の犠牲になるのではないか、神に授かった祝福さるべき赤ちゃんは
大丈夫なのか、という不安におののきながら毎日を暮らしている現実を知りました。
 
科学者や医学者の中には、福島の放射線量はおそれるにたりないとか、
身体に影響のでる放射線量については諸説が分かれているといった意見を
唱える人たちがいることを私も知っています。

しかしそんな議論を繰り返している間にも幼児が被爆し、胎児が危険に
さらされているかも知れないのです。

重要な事は不安におびえながら日々の暮らし送らなければならない母子が
助けを求めているという現実です。しかもその責任は母子達には一切ありません。

無垢の子どもが流す涙の一粒さえも防げないような神様なら
私は神様の存在を信じないと言ったのは、ドフトエフスキーの小説の中の
主人公でしたが、福島の母子の不安を救えないような政治は政治に値しません。

私は講演で訪れた福島で、福島の子どもたちを放射線被曝から守るために
一日も早く疎開させようとしている人たちの存在を知りました。
そして、その人たちが出版している冊子を買い求めて読みました。

「いま子どもがあぶない 福島原発事故から子どもを守る『集団疎開裁判』」
(「ふくしま集団疎開裁判の会」編集 本の泉社 マイブックレットNO.22)
という冊子がそれです。

涙なくしては読めない冊子です。
ノーム・チョムスキーをはじめ国内、国外の有識者が訴えています。

被曝の危険にさらされている子どもを放置し続ける事は
もはや倫理の問題であり人間として許されることではないと。

是非この冊子に目を通してください。
そして私がそうであったように、この冊子を読んで福島の現実に気づいてください。

真実を知ろうとしないことは単なる怠慢であり、臆病だと思います。
真実を知ってしまった以上、その解決に向かって、自分のできる範囲でいいから
行動に移そうとしないことは、それもやはりひとつの罪だと思います。

ましてや安倍昭恵様はこの国の指導者である安倍首相の夫人です。
そして母子を被曝から救ううということは、政治的立場や
イデオロギーとは無関係に、大人の人間として皆がひとしく
果たさなければならない無条件の責務だと思います。

ご主人の安倍晋三首相は国民的支持を得て国民のために日夜努力をされています。
その御主人を敬愛し、信頼しておられる昭恵夫人もまた安倍総理を支えるべく
日夜ご活躍のことと拝察します。 ご同慶の至りです。

そうであれば、なおさらのこと福島の母子を助けるために福島に目を向けてください。
この冊子に目を通し、福島の母子と会ってその不安と苦しみ、悲しみを共有してください。
 
そして、一日も早く子どもたちの集団疎開に向けて正しい政治を実現して欲しいと願います。
それは決して難しいことではありません。

疎開を切望する母子たちだけでも安全に暮らせる集団疎開を
いますぐ可能にするために、場所と経費を提供するだけの話です。

膨大な復興予算の中のほんの一部を配分するだけで可能です。
ただでさえ無駄遣いや流用が非難されている復興予算です。

福島の母子の救済に使うことに反対する者はいないはずです。
それは安倍政権の原発政策に反することにはなりません。
それどころか、国民のすべてから感謝、歓迎される安倍首相の善政になるでしょう。

長々と書きました事をお許し下さい。
これは被曝の不安に苦しむ福島の母子の気持ちを代弁した一国民の公開直訴状です。
この訴えが昭恵夫人の目にとまり、そして昭恵夫人が行動に移される事を切に願います。

敬具

 2013年4月8日

 天木直人


※【お知らせ】

現在、ブログ管理人・たぬち庵じいさんは「胆のう癌摘出手術」による
療養のため、しばらく休館しています。
順調に健康は回復状態にあります。ほどなく再開の予定です。
その節は、またお越しのほどよろしくお願い申し上げます。
 たぬち庵
posted by たぬち庵 at 20:26| Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月31日

おれの尻を舐めろ

【今日の写真】                              
                    撮影場所: フィリッピン共和国・せブ市マンダウェ 
                    撮影時期: 2012年 1月

現役最後の仕事となったフィリッピン・セブの旅。
マクタン空港からのタクシーの運転手に聞いた格安ホテルの近くにあったビヤホール。

洒落たビアホール.jpg

洒落た雰囲気に惹かれて、ホテルで夕食をすませてからふらりと立ち寄った。
よく冷えた「サンミゲル・ビール」がとても美味かったな。

洒落たセブのビアホール.jpg



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【記事本文】

俺の尻を舐めろ

たぬち庵の隠居部屋は、一日中音楽が流れている。
パソコンの「マイミュージック」のフォルダに
手持ちのCDを読みこませて聞いている。

年代もので図体のでかい、いい音を出すスピーカを
壁の中に埋め込んでいるから、音響効果は抜群だ。

寒かった冬の日は、あまり外出はしないで
読書と音楽鑑賞がおもな時間のすごし方だ。

童謡からクラシックまで、いろいろなジャンルの

好きな曲ばかりを集めたものは、概ね500曲余り。

「すべて再生する」を選択しておけば、パソコンを
切らないかぎり、一日中再生してくれるから便利なものだ。

朝聞く音楽のフォルダとか、訪ねてくれるお客の
人にあわせても、選べるように編集している。
変わったところでは「迷曲・珍曲集」という
フォルダをつくっていて、久しぶりに開いてみた。

クラシック音楽の中にも、たまに変わり種が見つかる。
「クラシック音楽はあまり知らないし、きかない」と
言う人でも「モーツァルト」を知らないひとは無い。

そのモーツァルトの作品に『おれの尻を舐めろ』
という曲がある。




1782年に作曲された曲で、そんなほんとかね、と
言われそうだが、作詞もモーツァルト自身のものだそうだ。

「おれの尻を舐めろ。おれの尻を舐めろ。つまらぬ小言を
ぶうぶう言わずに、愉快に楽しもうよ。」と

これを輪唱で繰り返し々、歌うのですから、楽しいじゃ
ありませんか。

歌詞はドイツ語だから、私にはさっぱりわからないが
聞きながら思わずほほ笑んでしまいます。

世界中の人々の心を癒す、素晴らしいクラシックの
音楽を残した天才作曲家。

大作曲家のいたずらっぽい一面が垣間見られ、
なんとも微笑ましいではありませんか。

たぬち庵を訪れるリタイアした友人たちが、
暇でねえ。とか退屈でだとかよく言うのですが

たぬち庵じいさんには、暇とか退屈だとかは
一切無縁の言葉です。

「音楽」と「読書」そして趣味の「古い道具磨き」
この三種の神器があれば、余生を楽しむのに
十分すぎるほどの大財産なのです。








posted by たぬち庵 at 23:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月24日

コーヒーはボケ防止薬

【今日の写真】                              
                    撮影場所: フィリッピン共和国・イロコスノ−テ州サラット 
                    撮影時期: 2011年 7月


第10代フィリッピン大統領、フェルナンド・マルコスの生家
「エドサ革命」と言われる民衆革命により1986年失脚した。
マルコス大統領の生家.jpg

イメルダ婦人のほうが知名度は高いが、政治家としてデビューした頃の
彼は溌剌として、抗日戦線で見せた不屈の闘志は輝いていた時期もあった。

大統領ニ期あたりから、悪しき側近政治による独裁色が強くなっていく。
当時の大統領公用車のナンバープレートを展示したコーナーがあった。

大統領専用車のナンバープレート.jpg

2Fにあった彼の部屋に通じる手洗い場から、地中深く掘り下げられた
井戸が残っている。今も冷たく清い水が滾々と涌いていた。

深井戸.jpg



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【記事本文】

コーヒーはボケ防止薬。

毎日の生活にコーヒーとタバコは欠かせない。
コーヒーを飲み始めたのは、いつのころなのか
思いを巡らせてみた。

記憶にあるのは中学生の頃、父が離れの
納屋を改造して、勉強部屋を造ってくれた頃
が思い起こされる。

以来欠かさず、コーヒーは毎日飲む。
コーヒーにはカフェインという成分が
含まれていて常習性があるという。

そのとおり、飲まないと禁断症状とまで
いかないまでも、落ち着きがなくなる。

コーヒーは、健康によくないという
人が、以外に多いね。

私はそうは思っていないが、訳知りげに
講釈を垂れる御仁も、身近にいらっしゃる。

そんな人に聞かせてやりたい歌がある。
そう、「コーヒールンバ」だ。

西田佐知子が唄って、大ヒットした。
ちょうど、私がコーヒーを飲みはじめた頃の時期だった。




マラカスという楽器もこの頃
はじめて知った記憶がある。

「アラブの偉いお坊さん」の言うとおり
南国の情熱のアロマ、素敵な飲み物だね。
琥珀色のコーヒーの香りそのものが、嗅いだ人の
心を癒してくれます。

それだけでも充分に、薬としての効果がある。
美味しいコーヒーを煎れてくれる行きつけの
喫茶店にも、このところご無沙汰だ。

住まう「たぬち庵」からちょっとばかり
距離が離れている。車の運転は医者が止めて
おけというから控えている。

やはり違う店のコーヒーは、店内を流れる音楽も
雰囲気も違うし、行く気は無い。

で、今は中学生の頃から愛飲する「UCC」のインスタント
一日にブラックで7〜8杯ほど飲んでいる。

都立駒込病院脳神経外科部長・篠浦伸禎先生の
著書「ボケない生き方」には

コーヒーに含まれるポリフェノールの働きで
認知症や脳梗塞を予防する、ということが
実証されたと書いてある。

やはり、西田佐知子の唄う「コーヒールンバ」の
「アラブの偉いお坊さん」の言葉のとおりだね。

「コーヒーとタバコは、心と体を健康にする。」と
そう信じて疑わない、バカなたぬち庵じいさんの
少なくとも半分は正しかったな。

昼も夜もコーヒーとタバコを愛飲してやまない
脳梗塞じいさん、たぬち庵なのです。

 ♪♪ みんな陽気に、飲んで踊ろう
    愛のコーヒールンバ ♪♪

ああ〜、長生きしてえな〜!!。











posted by たぬち庵 at 22:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月17日

「ハゲ」と「フサフサ」


 【今日の写真】  
                          撮影場所: フィリッピン共和国・ボホール島
                          撮影時期: 2009年 9月

ボホール島(Bohol Island)は、フィリピン中部ヴィサヤ諸島の島で、国内10番目の広さを持つ島。
島全体が中部ヴィサヤ地方に属するボホール州である。人口は約114万人、面積は4,117平方キロメートル。

主な都市はボホール州都タグビララン(Tagbilaran)。
リゾートとして知られるほか、フィリピンメガネザル(Philippine Tarsier、ターシャ)という世界最小級の霊長類の生息地でもある。体長は14センチ程度ですから、コーラの缶ぐらいでしょうか。

ターシャ.jpg

フィリピンメガネザルは、4000万年前から変わらぬ姿で生息する古い種で、夜行性で樹上に住み、運動能力に優れ、木から木へ3メートルもジャンプすることができます。その素晴らしい反射神経で、コオロギやトカゲ、サソリなどを生きたまま素早く捕獲し、頭からバリバリと食べます。

首を真後ろまで180度回すことができ、「体はサル、頭はフクロウ、足はカエル、尻尾はネズミ」と例えられることもある。ボホール島の島民は昔から、このターシャを“神の使い”として大切に守ってきました。

ボホール島観光の目玉としても有名なチョコレートヒルマウンテン(チョコレートヒルズ)
が、生い茂る草木が枯れ茶褐色に覆われることでチョコレートヒルと名づけられた。

チョコレートヒル.jpg

お椀を伏せたたような小山群が不思議な姿を見せ、雨季に入ると緑がいっぱいになるので
それはそれで、また別の表情を見せてくれます。緑の頃をペパーミントヒルとも呼ぶそうです。






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【記事本文】

「ハゲ」と「フサフサ


まあ、あまり気にはしていないが、近頃は
抜け毛が多くなって、禿げの進行が著しい。

坊主頭でも別にいいのだが、毛が無くなってくると寂しい。
で、2度目の脳梗塞で倒れてから床屋に行っていない。

いまは、オフィシャルな用事もなく、人前にはほとんど出ない。
病人ファッションよろしく伸びるにまかせている。

上が薄くて、横はぼさぼさというヘアースタイルだ。
「ガハハのおじさん」和田勉さんを思い浮かべて
いただくとよろしいかな。

鬢のあたりの毛髪は十分ふさふさ感があるが
テッペンのあたりは、禿げ度が著しく、直射日光を
浴びると光が反射してまぶしいらしい。

季節と服装にあわせて、帽子を愛用している。
若い時から、帽子は好きで相当数のものを
所有しているので、しばらくは補充しなくとも間に合う。

「ハゲ」と「フサフサ」と言えばロシアの指導者を
めぐる不思議な法則がある。

ロシアでは、この1世紀の間「ハゲ」と「フサフサ」
が交互に指導者になるというめぐりあわせだ。

ロシア革命を成し遂げたレーニンは「ハゲ」。
その次のスターリンは「フサフサ」

次のフルシチョフは「ハゲ」で
その次のブレジネフは「フサフサ」。

その次のアンドロポフは「ハゲ」で
次のチェルネンコは「フサフサ」。

さらに、ゴルバチョフは、みごとな痣つきの「ハゲ」で
エリツィンは、白くても「フサフサ」。

プーチンは「ハゲ」で、メドベージェフは「フサフサ」だ。
そしてまた大統領に復帰したプーチンは・・・と
いう具合になっているんだねえ。

おもしろい現象だね。私はこの二人が
しばらく交代で大統領をやるんじゃないかと
予想していますがねえ。

世界を見渡すと、国の憲法を変えてでも
権力にしがみつく輩がいることも事実だ。

わが日本国は、「フサフサ」の阿部さんが復帰して
絶好調のように、マスコミはこぞって報道しています。

今度こそ、しっかりと国のかじ取りを
やってほしいと願うばかりです。








posted by たぬち庵 at 22:45| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月10日

ささえの杖

【今日の写真】 
                   
                    撮影場所:フィリッピン共和国・イロコスノ-テ州
                    撮影時期:2010年 9月


南国の代表的な果実の一つ、「ドラゴンフルーツ」
果実が竜の鱗に似ていることからこの名がついたと云う。

2011年9月 1095.jpg

甘くてさっぱりとした味だが個人的にはあまり好まない。
しかし、月の夜に咲く花は、妖しいばかりに美しい。

ドラゴンフルーツ夜1.jpg

園芸業者が観葉植物として、「月下美人」と名付けた
人気のあるサボテンと同種のものだ。

ドラゴンフルーツ夜アップ写真.jpg

葉肉の断面は三角形をなし、長く下に垂れさがり
実をつける。

夜に咲く、美しい花は見たが、たわわに実った時期
のものは見ていない。

フルーツ畑いっぱいに、花が咲いたように赤い実を
付けた頃、また出かけてみたいと思う。



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【記事本文】

支えの杖

この一、二年は杖の扶けがなくては歩くことすらできない。

はじめて脳梗塞で倒れたのは、2008年の秋だった。
以来、左半身が硬直して後遺症が残った。
リハビリ治療をかさねて、日常生活には戻れた。

昨年の冬の雪の降った寒い深夜、家路についたとき
雪の積もった駐車場で動けなくなってしまった。

病名は「左視床出血」と云うのだそうだ。
右半身に不全麻痺が残り、前回と合わせて
右半身、左半身つまり、身体全体が麻痺してしまった。

幸いに軽度だということで、かろうじて自分の意思で
身体を動かすことができる程度の病気なのである。

だから、この程度で「生きてゆけることに感謝」している。

今では、
母のかたみの「イタドリ」の木でつくった杖を友としている。
そうです。あのイタドリでできている「丈夫な杖」なのだ。

イタドリとは古語で「すいば」、「すかんぽ」、「たじひ」という。
子供のころ、父が営む「石切り場」のコッパ平(くず石の捨て場)に
夥しい数の「すいば」が、赤い茎を生やしていたのを思い出す。

花崗岩の真っ白い岩場に、緑の葉をつけた赤い茎の
イタドリの茂るさまは、圧倒的に美しい自然の風景として
いまも記憶に鮮やかに残っている。

松原泰道禅師は、著書「五十歳からの人生塾」のなかで
心の杖ことばとして、「三無の杖」を提案しておられる。

一、  無理をしない。(道理に、はずれたことをしない)
一、  無駄をしない。(物や人の親切を無駄にしない)
一、 無精をしない。(面倒くさがらない。骨惜しみをしない。)

母の残してくれた「イタドリの杖」と 松原泰道禅師の教える
「老いの杖言葉」を大切にして、明く楽しくそして、美しく老いたいものだ。




posted by たぬち庵 at 23:58| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月28日

無精者の舌

【今日の写真】 
                       
                 撮影場所:フィリッピン共和国・イロコスノ―テ州・パオアイ市
                 撮影時期:2011年7月19日

世界遺産 サン・オウガスチン教会
パオアイ (イロコスノ-テ州)

パオアい教会.jpg

1993年にフィリピン初の世界遺産に認定された。フィリピン
にある4つのバロック様式教会のうちの一つです。

他の3つは、南イロコス州サンタマリアにあるアスンシオン教会と
マニラにあるサン・オウガスチン教会、パナイ島ミアガオにある
ビリヤヌエバ教会。いずれも歴史を感じさせる、立派な教会建築の景観を誇る。

オウガスチン宣教師により、1598年に建てられましたが
1706年と1927年の2度の地震で被害を受けました。

世界遺産.jpg

教会横にそびえる塔は、日本占領下の時代には
監視所として使用されていたそうだ。

教会横手.jpg

加工珊瑚とレンガで建てられています。世界遺産としての維持管理は
いまひとつのようで、屋根の一部はトタンぶきになっていて
大がかりな修復工事が必要だと感じた。

教会内ミサ.jpg

ちょうど教会内では、ミサが行われていたが南国の人々の陽気な
雰囲気もあって、厳かと言うより、楽しげに感じたのは
私が日本人のせいだからでしょう。






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【記事本文】

無精者の舌


英語やラテン語などの外国語が舌、唇、歯など
総動員して、いろんな複雑な音を出すのに
くらべ日本語はあまり口も開かず、舌も使わない。

でも、我々日本人は手足は器用で、とても
勤勉な国民性を持っています。

日本人は数字を数えるとき
10本の指を折って、数えていきます。

あれは小さい子供の時から、末梢神経の
発達にとてもいいんだそうだ。

頭のほうでいけば、掛け算九九の暗算です。
これも頭の末梢神経を刺激して、脳のトレーニングに
大変よろしいと、いうことになっている。

日本語は無精者の言葉のようだけども、あまり口も
開かず、舌も活発に使わずとも

アングロサクソンやらラテン系の民族と
同じだけのボキャブラリーを発展させて
きたのだから、なかなかのもんだ。

だから、日本語はとても、効率のいい言葉
なのかと思うのですが、どうなんでしょうかねえ。

しかし、彼らはわれわれのような言葉を
「レイシー・タング」(怠け者の舌)と言って
いるんだそうだ。

で、私はいまフィリッピンの言葉を勉強しているんですがね。
怠け者の舌でもって習得するには、これらの言葉はとても難しいね。

フィリッピンの国語といわれる、タガログ語(フィリッピン語)
は300年あまりも植民地にしていたスペインなどの
ラテン系の言語とはまた違う。

この国の言葉は、たくさんの言葉があって地方に
行くごとに、全く共通しない言葉が多いのです。

不思議に思うことは、何百年にわたる植民地として
いた宗主国のスペイン語が一般に使われないのが
おもしろい。

一方、スペインが同じ時期に植民地として
統治下においた、メキシコなどの南アメリカでは

ラテン系のスペイン語が採用されたのには
きっと何か、政治的な意図があったように思われる。

ともあれ、「無精者の舌」でも、このタガログ語が
マスターできる素晴らしい、ブログがあるのをご存じかな。

シュンスケさんの書く、「カタカナで覚えるタガログ語」 。
60の手習い、たぬち庵じいさんが語学勉強の教材としています。

幕末に活躍したジョン万次郎は、アメリカに流れ着き
ろくに教育も受けていない漁師でありながら、「ひらがな」で
素晴らしい英語を身に付けた。

彼は云う、アメリカ国は、立派な志を持てば庶民が
選挙により、将軍になれる。と

アメリカ国においては、7日ごとにキリシタンの祭りがあり
仕事は休みで、着飾り、寺(教会)に行き「さんれい」を楽しむ。

「さんれい」なんのこっちゃ、大きな声で「さんれい」と
言ってみれば、よくわかる。

素晴らしい英語です。聞いたアメリカ人はきっとこう答える。
Oh yes. good Sunday !!


万次郎の「ひらがな英語」ならぬ「カタカナでタガログ語」を
ものしようと、まわらぬ無精者の舌で頑張る
たぬち庵じいさんの、今日この頃なのだ。









posted by たぬち庵 at 17:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月24日

極楽の水

【今日の写真】 
                       
                 撮影場所:フィリッピン共和国・カモテス諸島・サンフランシスコ島
                 撮影時期:2012年 1月

セブ島とレイテ島に挟まれたカモテス海峡に浮かぶ"秘境"カモテス諸島。
一番大きな双子の島の一つがサンフランシスコ島です。

2012-1月.jpg

訪れる観光客もほとんど無いこの島は、開発とは全く無縁だった。
パラワンを凌ぐと言われる「秘境」という代名詞がぴったりの島です。
岩場の海岸や、サンゴの砂でできたホワイトビーチの小さなリゾートが点在する。

2012-1月セブ 291.jpg

以前あったセブ港からの高速艇は運休となり、今はセブ・ダナオ港からのアクセスしかありません。 
バンカーボートで約2時間です。中型のフェリーも運航されている。

私はこの島に行くと友人の養豚場の小屋に泊めてもらいます。
養豚場は乳酸菌を培養して作る防臭剤で悪臭もなく、蚊やハエも全くと言っていいほどいない。

2012-1月セブ 351.jpg

でも用心のため、蚊帳を張って、この「ブタ・ホテル」で南国の夜を
南十字星のきらめく夜空を見上げ、「得も言われぬ癒し」を感じながら、眠りにつきます。







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極楽の水

精神の疲れはアルコールを求め
肉体の疲れは甘みを求める――――というのが
人間の生理の鉄則なのであるな。

都会にいると酒びたりになるということが
あるけれども、田舎にくらして野山ですごすと
甘いものが欲しくなる。

これはフィリッピン滞在の体験からもそうだ。
大自然の中にあるとき、私はほとんど酒を飲まない。
身体が求めない。飲んでも、あまり飲めない。

ところが一歩日本にかえって来ると、飲み始める。
鳥取の街は都会ではないが、フィリッピンの島から
比べると大都会に思えてくる。

よほど都会は、人間の精神を疲れさせるものの
ようである。

そうでなければ、私自身が都会むきにできて
いないせいかも知れない。

フィリッピンの旅に出るとき、免税ショップで
ジャックダニエルやバーボンを買う代わりに
日本から小豆(あずき)の小袋を買って持って行く。

ジャングルの小道でジープを止めさせ、枯れ木を
集めてお汁粉を作る。

砂糖は、現地のサトウキビの漂白していない天然ミネラル
たっぷりのやつを使うと美味い。

南国の焼けつくような太陽の下で、木漏れ日が
キラキラする中、ふうふうとススるんだ。

吹き出る汗がやがて、背筋をつたい、衣服をぬらす
まるで水浴びでもしたあとのようになる。

途中で仕入れたミネラルウォタ―をクーラーボックスから
とりだし、体中を口にして飲むんだ。

およそ水は、味のないものだがこの時の水は
小豆の残り香をまるめて、極楽の味がする。

極楽浄土の水の味は、涙がでるほどの
おいしい味がする―――焼けつく南国の太陽の下にあっては。

南無阿弥陀仏・・・










posted by たぬち庵 at 21:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月15日

リップバンウィンクルの物語


【今日の写真】
 
                       撮影場所:フィリッピン・オリエンタルミンドロ州
                       撮影時期:2006年 8月

マンニャン族の長老・ラミージョ爺さん(村の人はホセと呼んでいる)マンニャン村.jpg

フィリッピンの原住民族「マンニャン」の村に住む爺さん。
彼はジャングルの中で真っ黒い豚を飼育して暮らしている。

私とは、もう長い間の友人です。彼はいつも私が土産に
持って行く免税品タバコ「マイルドセブン」を心待ちにしている。

「マンニャンの森」の入口に咲いた野の花。
名はわからないが、可憐で小さな花が印象的だった。


マンニャンの森入り口に咲いた花.jpg
 

【後日追記】
南国の名も知れぬ可憐な野の花と思ったこの花は「ランタナ」という
花でした。たけちゃんマンさんからコメントをいただき判明した。
世界中に分布し沢山の種類があるそうです。左斜め上クリックして花の情報を見る



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リップ・バン・ウィンクルの物語

男の心の中には、リップ・バン・ウィンクルが
一人住んでいる。

これはアメリカの素朴な男の物語です。
西洋版「浦島太郎」のような話です。
気が向いたら読んでみてください。


ワシントン・アーヴィングの短編
「リップ・ヴァン・ウィンクル」。出典[Wikipedia]


むかしむかし、アメリカのハドソン川の近くの村に、
リップ・バン・ウィンクルという男が住んでいました。

リップは家の仕事をするのが大嫌いで
いつも村の中をプラブラしていました。
 
ですからリップの家は村で一番貧乏で、リップの
息子や娘たちはボロボロの服を着ていました。
 
リップのおかみさんは、ひまさえあると、
「このなまけ者!」と、リップを怒鳴りつけていました。

おかみさんに叱られると、リップはコソコソと家を逃げ出します。
そして鉄砲を肩にかつぎ、ウルフというイヌを
連れて山へ狩りに出かけるのです。

ある日、リップはウルフと山の中を走り回っていましたが、
いつの間にか険しい山に迷い込んでしまいました。
 
リップとウルフは、草の生えた丘に腰をおろして休みました。
間もなく、夕ぐれです。

リップの村は、ずっと遠くに小さくかすんで見えます。
家ではおかみさんが、腹を立てて待っている事でしょう。

その時、誰もいない山の谷底から、
「おーい。リップやーい」
と、呼ぶ声がしました。

(・・・・・・?)

聞き違いかなとリップが思った時、また谷底から、
「おーい。リップやーい」と、はっきり聞こえて来ました。

谷を見下ろすと、誰かが重そうな物を背中に
かついで谷川を登っています。

ウルフは、なぜか怖そうにリップに体を寄せてきました。
リップは親切な男でしたから、手伝って
あげようと思って谷をかけおりました。

谷川を登っている人を見て、リップはビックリしました。
白いあごひげを胸までたらした、リップの知らないおじいさんです。

着ている服も変わっていて、何だか、
むかしの人が着ていた服のようです。

おじいさんは、酒の大きなタルをかついでいました。
リップが近づくと、《一緒に、運んでくれ》と、合図をしました。

おじいさんとリップは酒ダルをかついで、水が枯れた
谷川を登って行きました。

しばらくすると、
ゴロゴロゴロー!、
カミナリの音が、ひびいて来るようになりました。
 
まもなく谷川が行き止まり、高い崖に囲まれた広場に出ました。
 2人は、その中へ入って行きました。

「あっ!」
 リップは、驚きの声をあげました。
 広場では、おじいさんたちが大勢でボーリングをして遊んでいます。

 カミナリの音と思ったのは、実はボーリングの
ボールを転がす音だったのです。

おじいさんたちはみんな、むかしの服を着て、
腰には小刀(こがたな)をさしています。
 
長い白いひげをたらし、羽かざりのついたぼうしや、
とんがりぼうしをかぶった人もいました。

みんなはボーリングを止めて、リップをジロリと見ました。
みんな死人の様に、青い顔ばかりです。

リップは恐ろしくなって、ガタガタと震えました。
一緒に来たおじいさんは、酒ダルから
大ビンに酒をつめかえました。

そして酒をついで回る様にと、リップに合図をしました。
リップがコップに酒をつぐと、みんなは黙ったまま
ゴクンゴクンと飲み干します。

それからまた、ボーリングを始めました。
リップは酒が大好きだったので、
おじいさんの目を盗んでひと口飲んでみました。

するとその、おいしい事 たちまち、
2杯、3杯と飲んでいるうちに、酔っぱらってしまいました。

そしていつの間にか、ぐっすりと眠ってしまったのです。

朝になり、リップが目を覚ますと、あのおじいさんと
初めてあった丘の上で寝ていました。

「ウルフ、ウルフ」 リップがイヌの名を呼びましたが
どこからも出て来ません。
 
足元に鉄砲が転がっていましたが、それはリップの
新しい鉄砲ではなく、茶色にさびたボロボロの鉄砲でした。

「あのじいさんどもに、イヌと鉄砲を取られてしまった」
 腹を立てたリップは、昨日の広場へ出かける事にしました。

「よいしょっ」 立ち上がろうとしますと、
体の具合が悪いのか力が抜けた様な感じです。
(まだ、酒に酔っているのかな?)
 
リップは、谷川へ降りて行きました。
すると、どうでしょう。

昨日まで枯れていた谷川に水がごうごうと
流れており、谷川を登って行く事が出来ません。

遠回りをして何とかリップは村へ戻りましたが、
自分の家がどこにあるのかわかりません。

それというのも、たったひと晩の間に家が
ものすごくたくさん増えて村の様子がすっかり
変わっているのです。

村にはリップが知っている人が1人もいません。
何とかして、やっとリップの家が見つかりました。

けれども庭には草がボウボウと生え、
屋根も庭も壊れかけています。

(これは一体、どうした事だ? ・・・そうだ、
家族たちは無事か!) リップは家の中へ

飛び込みましたが、中には、おかみさんも息子も
娘も、誰もいません。

リップは家を飛び出し、村の中を歩き回りました。
間もなくリップは、村の人々に取り囲まれました。

そしてその中の一人が、リップに聞きました。
「鉄砲など持って、どうしたのじゃ? 
おじいさん、あんたはどこの誰かね?」

「おじいさん? 何を言う。わたしはまだ、若いですよ」
リップが言うと、人々はリップの胸のあたりを
指差して笑い合うのです。

リップも、自分の胸を見ました。 すると、どうでしょう。
いつの間にか、長くて白いひげが胸まで

伸びているではありませんか。
何と知らない間に、リップはおじいさんになっていたのです。

「そっ、そんな! ・・・誰か、誰かリップ・バン・ウィンクル
を知っている人はいませんか?!」

リップはすっかり驚いて、大声で叫びました。
その時、若い女が赤ん坊を抱いて進み出ました。

「それは、わたしの父です。二十年も前、
山へ行ったまま帰って来ませんでした」
 
リップは娘のところへ駆け寄りと、叫びました。
「わたしが、そのリップだよ!」
 
リップは、人々に昨日の出来事を話しました。
すると、1人の老人が言いました。

「お前さんが出会ったのは、むかしこのあたりを探検し
たハドソン船長たちの幽霊に違いない。

二十年ごとに必ず見回りに来ると言う、言い伝えがあるんじゃ」
「・・・そんな」

おどろいた事に、リップが眠っている間に二十年もたっていたのです。
それからリップは娘の家に引き取られて、幸せに暮らしたとさ。

おしまい



いまは亡き、名優・松田勇作が、映画の1カットの間中
まばたきもせずに語る、リップ・バン・ウィンクルの話。





posted by たぬち庵 at 21:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月10日

老いを磨く

【今日の写真】
2011年5月、モンテンルパ政務所を訪ねた。
写真はモンテンルパ・ニュービリビット刑務所の正面。
モンテンルパ刑務所.jpg

この建物は昭和16年に建設されたもの。
マニラから南へ30数キロにある刑務所で、現在も使われている。
フィリピンで一番大きな刑務所で、現在約1万人が収監されており、
うち2千人余りが死刑囚である。
極めて罪の重い受刑者が、フィリッピン全土から送られてくる。


昭和23年12月、世に言うフィリピン裁判の被告人、被害者及び判決を受けた者が移監された場所。
昭和24年12月、死刑の判決を受けた者79名で無期、有期の戦争犯罪者と言われた人たちが収容されていた。マレーの虎と言われた、山下閣下も一時収容されたという。

敷地内には、世界平和祈念の塔と名付けられた施設がある。
「世界平和を祈念し一鐘つこう」と書かれた看板と
右に日の丸、左にフィリピン国旗が掲揚されている。
この手前側に処刑された17名の墓があったようだ。
17名の遺骨は日本へ帰っており、日本人墓地とはいえここには遺骨はない。

モンテンルパの夜は更けて
 募る思いにやるせない
 遠い故郷偲びつつ
 涙に曇る月影に 
優しい母の夢を見る 


渡辺はま子の唄うこの歌を、ここに来てしみじみと口ずさむ
自分に、ふうっと、老いを感じたものです。


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老いを磨く

山陰鳥取は、このところ小雪が舞い、寒い日が多い。
杖を頼りの散歩も、スッテンコロリじゃ様にならない。

それどろか、打ちどころが悪けりゃ、あの世行きである。
そんなわけで、じっと引きこもっている。

先日、お気に入りのジェニファーさんのブログ
19世紀のアメリカの詩人ホイットマンの
一節を紹介していました。

私もよく引き合いに出す詩だったので、
趣味の古道具を磨きながら
思い立ったことを一人ごちたのである。

ホイットマンは詩います。


女あり 二人行く 若きはうるわし 
老いたるは なおうるわし”
  


若い女性の麗しいのは 言われなくとも
わかります。

妙齢の若き婦人より 老婦人の方が
「より麗しい」とホイットマンさんは言います。

皮肉や冗談などでいっているでは、ありません。
長く人の世を経験している者に、その意味は深い。

私は「老いたるは なおうるわし」とは
「丹精の美」であると思うのです。

たとえば花器や茶器は、新品でいかに高価で
あっても古く渋みのある方が珍重される。

錆の出やすい茶釜に錆を生じさせない様に
するには、常に丹精込めた手入れが必要です。

われやすい花瓶を傷めない様にするには
丁寧に扱わねばなりません。やはり丹精です。

私たちも齢を重ねるごとに、身のこなしかた
ものの言い方に、丹精忘れてはイケません。

丹精とは、些細なことにも、まごころをこめて
すべてのことに、ていねいに接するということだねえ。

おもうに「老いの意味」は、丹精な老人になる
ということ、なんだとね。

そこで私は、一人ゴチて、自分に言いきかせるのです。
「よき人生は、日々の丹精にある。」と






posted by たぬち庵 at 20:59| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

無駄か否か


【今日の写真】撮影場所:フィリッピン共和国 セブ島沖の小島 撮影時期:2007年

看護婦の木とも呼ばれる、マルンガイの木

マルンガイの木.jpg


フィリッピンに「看護婦の木」
「薬の木」と呼ばれる木がある。
インドの古書「アーユルベーダ」にもでてくる薬木です。

上の写真は、フィリッピン・セブの離れ小島で見付けた時のもの。
タガログ語ではマルンガイと呼ばれている。

学名はモリンガ・オレフェラ(Moringa Olefer)と言い、
世界保健機関(WHO)は、この木が驚くべき多くの栄養素を持つ
ことから、人類を飢餓から救う「奇跡の木」として栽培を奨励している。


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無駄か否か


海があって山がある。そうして森がある。

2012-1月セブ 海があって山があって森へと続く道.jpg

森の中で、立木が枯れて朽ちて、コケが生え
やがて風にさらされ倒れてしまう。

自然に腐って、倒れた木である。
倒れた木は、風雨にさらされ、さらに分解される。

有機窒素や、その他の栄養分を吸収し
コケやキノコが育つ。

それらを餌にする、アリや小虫が寄ってくる。
それを狙って、別の大きな虫たちが集まってくる。


薪の木.jpg


虫を餌にする、鳥や爬虫類がやって来ては空腹を満たす。
森のいたるところへ糞を落とし、また森の養分になる。

無駄のようにみえる朽木でも、無駄なもののようで
実は自然の生態系を維持する、大切な作用を担っている。

したがって、これは風倒木とは言わないんだ。
「看護婦の木」(ナースロッグ)と呼ぶんだそうだ。


わが敬愛する文豪、開高健はアラスカのサケ釣りを
テーマにしたDVD『川は眠らない』の中で語っている。


なにが無駄であり、無駄ではないかは、俄にはわからない
無駄だったと思っていたことでも、あとでとても有用な
ことだと気付くことがある。

『無駄』を恐れていちゃあ、イカンということだねえ。
無駄なことばかり繰り返した、たぬち庵の人生。

無駄であったのか否か、まだ答えは出ていない。




posted by たぬち庵 at 20:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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